| もう一度、もう一回の人生、チャレンジしてみましょう。 やむにやまれる離婚した人、病気で伴侶を亡くした方、 それぞれがきっと心に痛手を受けていることでしょう。 過去は振り返らず、明日に向かって明日の人生に挑戦 することこそが、大切です。 |
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| ●やっと掴んだ幸せ● 毎年、年賀状を頂く40才代のご夫婦がいます。 決まってこう書き留めてくれています。 「飯塚さんのおかけで今こうして、のんびりと仲良く暮らしています。 ありがとう。お体に注意し、一組でも多くのカップルの誕生祈っています」と・・・ 今、思いおこせば10年前、30才の女性がやつれ憔悴して当社を訪れました。 子供が3人いましたが、夫に女性ができ女性を自宅まで連れて来るようになったとのこと。 同居していた夫の両親までが認めてしまいました。 自分の帰る家がなくなり、子供まで取り上げられ、実家に戻った彼女。 心に大きな傷を負いました。 「子供が可愛かったら、あなたが元気になって、幸せにならなければ。 きっと理解し合える人がいるよ。元気出して、良い人探そうよ。」 捨てる神あれば、それを拾ってくれる神もいます。 正にその通り、品物でもないですが、彼女は最愛の人と巡り会うことができました。 彼女の過去を全部受け入れてくれる心の広い男性とお見合いし、結婚したのです。 新潟市より上越市の山間地に嫁ぎ、新しい家に二人の生活がスタートしました。 私にとって忘れがたい、彼女との出逢いでした。 そして、未来、永遠に幸せが続くことを祈り続けています。 |
| ●娘も認めた新しいパパ● 38才で6才の娘さんと暮らしていた一人の女性がいました。 私生児です。 娘さんはパパの存在も知らないですし、パパとの生活も知りません。 いつもママとピッタリと寄り添って生きてきました。 なかなか子供のいる人を受け入れてくれる器の大きい男性はいません。 しかし、いたのです。 40才の初婚の男性が子供の心を掴みました。 最初会った時、襖の影に隠れてモジモジしていた子供が「パパ!パパ!・・・」と呼んだのです。 それからはママはそっちのけで、パパと子供が仲良くなりました。 自分の子供のように悪かったら諭し、そして一緒にお風呂に入り、顔まで似てきたようです。 その子供も中学生になったと入学式の写真が送られてきました。 パパと出逢う迄は、二人で生活保護を受けながら必死に生きていました。 今はママの努力もあったのでしょうが、寛大なパパのおかげで新築し、幸せに暮らしています。 町で育ったママも今は耕運機に乗ってコシヒカリを作っています。 女性は相手が良ければ、どんな環境でもそこに適応することができるのです。 |